【コラム】日米の大学教育における起業家教育(アントレプレナーシップ)について(その1)

「アントレプレナーシップ(起業家精神)」は、昨今、非常にホットなキーワードとして用いられているのではないでしょうか。私自身も現在、起業家育成のプロジェクトに関わっていますが、これからのグローバル人材において欠かせないマインドセットではないかと思っています。

現代は、「VUCA(ブーカ)」の時代であると言われています。VUCAとは、「Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)」の頭文字をつなぎ合わせた造語です。このような不確実であいまいな時代だからこそ、変化を恐れずにむしろ変化を楽しみ、そして新しいことに果敢にチャレンジしていくことがこの社会を生き抜いていくために求められる姿勢ではないかと思います。そして、そのような人材が持つべき行動指針こそがまさに「アントレプレナーシップ(起業家精神)」そのものと言えるでしょう。

このようなアントレプレナーシップを身に着けるための教育が、今では大学教育においても極めて重要な位置を占めるようになってきています。今回はこの「起業家(アントレプレナーシップ)教育」について、考察してみたいと思います。

現在、世界のアントレプレナーシップ教育を牽引しているのはアメリカの大学であると多くの方が実感されていることでしょう。今では多くの大学が当たり前のように力を入れていますが、その牽引役を担っているのはロジャー・バブソン(*1)が1919年にボストン郊外に設立した、起業家教育に特化したBabson College(バブソン大学)と言われています。(設立当初はBabson Institute。現在の名称へは1969年に改称。)

Babson CollegeのMBAプログラムは、「U.S. News & WORLD REPORT」(*2)が毎年発表しているBest Business Schoolsの分野別ランキングにおいて、「Entrepreneurship部門」で実に23年連続1位(2016年現在)という輝かしい結果を残しています。他校に比べ、その分野のカリキュラムの質・量が、ともに群を抜いている評価に他なりません。同大学では、学部生や大学院生を対象にした実に80以上のアントレプレナーシップ関連の講義が展開されています。

また、同大学の教授陣は学者(academian)よりも実務家(business person)が中心に構成され、講義形式の授業よりも実践的な経験・知識の獲得に比重を置いたプログラムになっていることが最大の特徴です。

ちなみに、このBabson CollegeのMBA卒業生には、豊田章男氏(トヨタ自動車株式会社代表取締役社長)や、岡田元也氏(イオン株式会社取締役代表執行役社長)など日本を代表する経営者も名を連ねています。

上記に挙げた「U.S. News & WORLD REPORT」における、Entrepreneurship(起業家教育)におけるランキングを見ると、皆さんもよくご存知の有名校が名を連ねています。これらを差し置いての1位独走中ですので、いかにBabsonがこの分野において高い評価を得ているかが伺い知ることができます。
1. Babson College (マサチューセッツ州)
2. Stanford University(カリフォルニア州)
3. Harvard University (マサチューセッツ州)
4. Massachusetts Institute of Technology (マサチューセッツ州)
5. University of California, Berkeley(カリフォルニア州)

また、同様に大学ランキングとして名高い「Forbes」では、起業家の輩出数という観点でのランキング
「America’s Most Entrepreneurial University」(*3)を2015年に発表しました。
1. Stanford University(カリフォルニア州)
2. Massachusetts Institute of Technology (マサチューセッツ州)
3. University of California, Berkeley(カリフォルニア州)
4. Cornell University (ニューヨーク州)
5. University of California, Los Angeles(カリフォルニア州)

US Newsと似たような大学が名を連ねていますが、すなわち「起業家教育に力を入れている」ことが、「起業家を輩出している」ことにつながるという証ではないかと思います。

このアントレプレナーシップ教育は、当初は実在の起業家の在り方を学ぶことで、将来を担う次世代のアントレプレナー育成が目的とされていましたが、昨今では、起業家の生き方や考え方を学ぶことで、チャレンジ精神ともに厳しい社会を生き抜いていくための力を養っていくというような、広義の意味で捉えられているようです。つまり、すぐに「起業する」人材を育てるだけの目的ではなく、既存企業内での新規事業の立ち上げなども含め、いずれにしても「実社会で成功するため」に有効なプログラムと言えるでしょう。

ちなみに、各大学の起業家教育・育成に関する取り組みは単に教育機会の提供に留まらず、例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)では、”$100K Business Plan Competition”と呼ばれる、優勝賞金約1,000万円にも及ぶビジネスコンテストも開催されている例もあります。

次回は、日本国内の事例にも目を向けてみたいと思います。

(*1) Roger Babson(米)起業家、統計学者。1929年の大恐慌を「暴落は必ず起こる」と予言した人物として著名。Babson Collegeの他、Webber International College(Florida)の創立者でもある。
(*2)http://grad-schools.usnews.rankingsandreviews.com/best-graduate-schools/top-business-schools/entrepreneurship-rankings
(*3)https://www.forbes.com/sites/liyanchen/2015/07/29/americas-most-entrepreneurial-research-universities-2015/#1fd98b943823